雨竜川第二弾 完二兄ちゃん

朱鞠内中学校に入学して最初の夏が来た。 カンカン照りの日が続き、わたしは急速に体力をけずられていった。 そもそも共栄からの長距離通学、ほとんど友だちのいないクラス、急に難しくなった勉強など、ストレスの種は尽きなかった。 そこへ数十年ぶりだとい…

雨竜川第二弾 あすなろの木

卒業式の日は冷たい雨だった。 卒業生のわたしたちは卒業証書と通知表のほかに、たくさんの工作や図画、習字などを持ち帰らなければならない。ひとりだと持つのが大変だ。 わたしは母が来てくれているのを確認してほっとした。 教室の後ろに並んだ母が、「そ…

雨竜川第二弾 わたしはわたし

わたしを身ごもった時、母はとても痩せている上に心臓が悪く、出産は母体が危ないのであきらめた方が良いと医者に言われた。 父と祖母は主に経済的な理由から母に堕胎を勧めた。 将来わたしを育てるお金の心配どころか、出産の前後に母に農作業を休まれるこ…

雨竜川第二弾 麻雀名人

中学生になってうれしかったことは、小学校にはなかった専用の図書室があって、とても読み切れないほどの沢山の本と出会えたことだ。現実は田舎の村から町の中学校まで、毎日片道一時間かけて通う世界がわたしのすべてだったが、本の中に入ると心は世界じゅ…

雨竜川第二弾 朱鞠内でのくらし

わが家が朱鞠内に引っ越すことは、決まった次の日に村じゅうに知れ渡った。 村の入植時は十二軒だった家だが、分家したり、新しく仲間入りする家があったりして最盛期には三十軒を超えたという。しかしわたしたちが去るときには、すでに過疎化が進んでいて、…

雨竜川第二弾 共栄を去る

わたしが中学二年の夏休みを終えるころ、農作業で忙しいはずの母が連日どこかに出かけるようになった。どこに行っているのか母は話してくれなかったが、明日から二学期という前の晩の夕食どき、「みんなに重大発表があります。新しい家がやっと手に入ったよ…

雨竜川第二弾 悲しみの彩り

小学校三年生のとき、きょうだいのように大切にしていた馬のアオが死んだ。 四年生になる直前に大親友の良子ちゃんが引っ越して行った。 四年生の秋の終わりにもも子ちゃんが事件に巻き込まれて、家族で引っ越して行った。 まつ子姉、たけ子姉は中学を卒業す…

雨竜川第二弾 ヨモの変死

ヨモというのはうちで飼っていた黒猫の名前だ。 つやつやとした長い毛の雑種で、まだ子猫の時にどこからか貰われてきて、いつの間にか家族の一員になっていた。ヨモは大きな体としっかりした骨格を持った、どちらかというと「おデブさん猫」であった。 自由…

雨竜川第二弾 炊事遠足

古里の冬景色について東京の人に話すと、「雪はきれいだろうけれど、冬は大変ねえ。でもそのぶん夏は涼しくていいでしょう?」 と言われる。本当のことがわかってもらえなていない。 じつは夏は夏で猛烈に暑いのだ。夏と冬の温度差は五十度、六十度になるこ…

雨竜川第二弾 ヤチブキの花

古里では井戸や水道よりも、家々の裏を流れている小川こそが生活用水の取水先であり排水先であった。いま考えると納得できないことではあるが、小川は洗濯場であり、ゴミ捨て場であり、それでいて顔を洗ったり口をゆすいだりすることだってある万能の水路で…

雨竜川第二弾 かつ丼の絵

明治百年は北海道開拓百年と同義だということで、札幌市に前年できたばかりの北海道立美術館では、道内全域から秀作を集めた大規模な絵画展が開かれることになった。 昭和四十四年、わたしが中学二年生のときの話である。 絵が好きな秀一兄が、「こういう展…

雨竜川第二弾 前書き草案

私なんかが書いた本を読んでくださる奇特な方などいてくれるだろうかと、出版を迷っているとき、随筆春秋の理事長である池田さんが、「黒木さん、本を一冊だせば人生観が変わりますよ」 と言ってくださいました。 その言葉がいま、その通りだったとしみじみ…

雨竜川第二弾 仙人と鬼婆

小学校に入学すると、わたしは友だちといっしょにいる時間が楽しくて仕方なくなった。 とくに夏休みが終わって二学期になるころには、低学年クラスの一年生から三年生まで、全員がすっかり友だちになっていた。 その友だちの間で、「猪背山には仙人がいるん…

雨竜川第二弾 夫婦狐

古里は一年の半分は雪に閉ざされている。その間は農業ができない。 生活のために父や叔父、そしてのちには兄も出稼ぎに行った。 それがあたり前だとみんなが受け入れていた。 雪が深い間は出稼ぎに行き、雪解けと同時に帰ってくると、こんどは忙しい農作業が…

雨竜川第二弾 親切で死にたい

もも子ちゃん家がどこかに引っ越してしまった年の暮れのことだった。 古里は夕刻になると、もう寒さが身にしみるようになっていた。 日陰に雪が積もっていて空気を冷やすのも原因だったが、小雪混じりの風が強く吹きつけて、肌を刺すのもまた辛かった。 わが…

雨竜川第二弾 初恋同士

完ちゃんは夏になると家族の中で誰よりも真っ黒に日焼けした。 ランニングシャツは身につけているはずなのに、シャツの日焼けあとなどほとんどなくて、お風呂に入ったときに白い部分を見ることがなかったら、もともと肌の色が黒いのかと思うほどだった。足は…

雨竜川第二弾 早すぎたプレゼント

子どもの日の翌日に雪が降るなんて、東京の人には想像もつかないだろう。 朝のうちは晴れ渡っていた空が昼頃から急に暗くなって、黒々とした雲が低く垂れ込め、冷たい風が吹き渡る。そしてほんの少し鼻の奥を刺すような氷の匂いがしてくる。それでわたしは「…

雨竜川第二弾草稿 アオに乗って

完ちゃんが小学校三年生、私は一年生の、勤労感謝の日のことであった。 父と祖母と久男叔父は朝早くから畑に出ていた。 昼食のとき、母が長兄と姉たちに、「あんたたちも午後は畑に出て、手伝っておくれ」 と頼んだ。 すると秀一兄さんが、「わかってますっ…

雨竜川第二弾草稿 災難

雨竜川第2弾草稿 ある昼下がり、母が、おわんに入った白いものを庭のアスパラガスの根元にかけていた。 何だろう? 「健治が、いつまでもオッパイ欲しがるから、カラシをぬったんだよ」と母は言った。 農作業のため子供にオッパイをあげる時間がないのだと…

雨竜川第二弾草稿 お化粧

作 黒木恵美子 監修 近藤 健 初夏のまばゆい光のなかを母とふたり、まっ黒な影を踏みつつ歩いていると、後ろから呼び声が追いかけてきた。ふり向くと、汗だくで追いかけてきたのは、さっちゃんの母さんだった。「ねえ、上野さんの奥さん、悪いけど明後日、出…